焼き物の歴史
土器が作られて10,000年以上、縄文式土器の長い時代の後、大陸から農耕や金属器を作る技術とともに、弥生式土器が紀元前300年ぐらいに伝わりました。
古墳時代に入り、土師器が生まれますが、これは弥生式土器の系統をうけつぎ、造形的にもほとんど変わっていません。
その後、朝鮮半島から須恵器の技術が伝わってきて土器の時代は終わります。
その須恵器によって、野焼きとは違う傾斜した土地に溝を掘って天井をつけた、穴窯という焼成技術により温度が向上し、1000度以上の高温で焼けるようになりました。
そのため、くすべ焼きという還元炎焼成により、硬く焼きしまった水の漏れないやきものになり、又、回転する台の上でつくるろくろ成形によりシャープな形となり量産も
可能となりました。
また、釉薬の製造技術によって、土器に見られる粘土の表面に凹凸の装飾を施す技法や顔料で文様を施す技術から、華やかな色彩でより装飾的に、より実用的になりました。
釉薬とは、素地土の表面に薄く覆っているガラス状の被膜の事で釉薬は素地土と同じ天然の原料を素材とした、珪酸塩類の混合物から成り立っています。しかしガラスのようにそれ自体で形になるものではなく、素地土がなければ成り立ちません。
釉薬の原料である土石類、灰類、金属類はいくら細かく砕いて混ぜ合わせても、一つ一つの粒子は分かれ分かれで独立しており、何の変化も起こしませんが、これに熱を加えると灰類を媒材としてお互いに溶け合いながら液体となります。これを冷やしていくと、粘りと微小な泡を出しながら、そのまま冷えて固まりガラス状になって素地の表面に被膜を作ります。これを釉薬と呼びます。